ポストパンクとポストモダン(Echotamaのブログ)

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1970年代から1980年代に青春を送った皆様へ。

私は6歳上の兄がいたこともあり、小学校高学年からビートルズ、Led Zeppelin、プログレの洗礼を受けました。そして中学生の時には、パンクの濁流にのみ込まれます。仲間であるT君の家に集まり、Sex Pistolsを聴いて「スゲー」と呆けていたものです。

高校時代はYMO、ポストパンク、ニューウェーブ、シンセロックが私を捉えました。長野県・屋代駅前の西澤書店のレコード売り場で、買いもしないLPを眺めるのが日課。大学時代になると、渋谷・公園通りの黎紅堂(貸しレコード店)に通いました。

最近、当時が懐かしくなり、特にポストパンクをよく聴いています。中でも今ハマっているのが、ザ・サイケデリック・ファーズです。

一番耳に残った曲の題名が分からず調べたところ、「Into You Like a Train」だと分かりました。1981年の作品。私は高校2年生でした。

歌詞を読んで驚きました。私には、この曲は単なるポストパンクではなく、「ポストモダン宣言」のように思えたのです。

ただし私は、リオタールのようにポストモダンを「大きな物語への不信」とだけ捉えることには、少し違和感があります。私には、「モダンは共同体の崩壊と再生を螺旋状に繰り返している」と考える方がしっくりきます。ここでいう共同体とは、地域共同体だけではありません。国家、会社、家族、宗教、さらにはSNSのような帰属意識を生む集団まで含みます。

人間は共同体の外で疎外されるのではなく、共同体の中で疎外される。そして共同体を壊しながら、また新しい共同体を作ってしまう。その繰り返しが現代ではないでしょうか。

私は、そもそも「完全なポストモダン」に到達すること自体、懐疑的です。共同体を完全に失った人間は、人間であり続けられるのか。私には想像できません。

パンクも既存の共同体を破壊しようとしました。しかし、破壊を信じた人々によって、パンクはファッションとなり、新たな共同体を生み出したのではないでしょうか。

そしてポストパンク。

まずタイトル。

「Into You Like a Train」

直訳すると、「列車みたいに、お前の中へ突っ込んでいく」です。

普通なら、I’m into you.で、「君に夢中だ」ですが、そこへ、like a train を付けてしまう。

つまり、「暴走列車のような勢いで君にのめり込む」という比喩です。恋愛というより衝動です。

冒頭では、

No kind of love
No kind of love

「これは愛なんかじゃない」と最初から宣言します。

続いて、

I don’t wanna make no scene
Lovers come and go
Or make you Mrs. Anyone
Or make you Mr. Me

「大騒ぎはしたくない。
恋人なんて来ては去る。
君を誰かの妻にもしたくない。
僕の所有物にもしたくない。」

そしてサビ。

I’m into you like a train

「列車のように止まらず、お前へ向かっていく。」

恋愛というより、衝動・慣性・暴走。
列車は一度走り始めると止まりません。

一番重要なのはブリッジです。

If you believe that anyone
Like me within a song
Is outside it all
Then you are all so wrong

「もし歌の中の俺みたいな奴が、現実の外側に立っていると思うなら、君たちは完全に間違っている。」

さらに、

Would try and change it all
Then you have been put on

「俺が世界を変えようとして歌っていると思うなら、お前たちは騙されている。」

1981年当時は、
・パンクは社会を変える。
・ロックは革命だ。
という空気が、まだ残っていました。でもヴォーカルのリチャード・バトラーは、「そんなものを信じるな」と言っているように聞こえます。

歌手は救世主ではない。

私は、ここにパンクという「新しい共同体」そのものへの距離を感じます。

しかし、そのポストパンクもまた一つの共同体になっていく。皮肉です。

そしてこの曲は、ソ・ファ・ミ・ドという四音のシンプルなリフが、姿を変えながら全曲を貫いて疾走します。
まるでベートーヴェンの《運命》で、「タタタターン」という四音の動機が全曲を支配しているように。

現在の思想界では、ポストモダンがあらゆる拠り所に火を放ち、その焼け野原に何を建てるのか──いわゆる「ポスト・ポストモダン」が論じられているように思います。
しかし私は、まだモダンの螺旋状の崩壊の途中にいると考えています。
行き着く先は、まだ誰にもわからない。
それでも高速列車は、螺旋を描きながら走り続ける。
そして不思議なことに、視線だけは高くなっていく。
まるでベルリオーズ《ファウストの劫罰》の地獄落ちのように。

ザ・サイケデリック・ファーズ。

ご興味を持たれた方は、ぜひ一度お聴きください。

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