慶應ワグネルの名演奏と言えば、第99回定期演奏会に触れないわけにはいきません。
五つのステージともに素晴らしい演奏です。私が現役だった当時「99回を超える」というのが目標になっていた程です。
既にこの演奏会は36年も前なのですが、今でも沢山の合唱関係者に影響を与え続けています。
木下保先生のエレミア哀歌は、佐藤正浩先生指揮により、昨年(2009)の現役のイタリア演奏旅行で本拠地パレストリーナで歌われました。
畑中良輔先生指揮のチャイコフスキー歌曲集とマーラー「さすらう若人の歌」は、いずれも歌曲を編曲した男声合唱曲として今でも代表的な存在です。素晴らしい演奏は「僕も歌ってみたい」と思うフォロワーを生み出していくものです。この演奏はいずれも初演ではありませんが、この演奏が無かったら「歌曲の男声合唱編曲」という日本独特の習慣の拡がりは、もしかしたら今より少なかったかもしれません。
「真珠採り」も学生指揮者が編曲したという話題性と、ソロのレベルの高さもあり、今でも当時の世代に限らず刺激を与え続けています。
そして木下先生の「阿波」です。「阿波」は三木稔先生の曲の中でも最も「土臭い」部類に属すると思うのですが、この演奏には土の臭いがしません。その替わりに、斎戒して天の神々に祈りを捧げるような清浄さと厳粛さが伝わってきます。地の音楽と、天の音楽。三木稔先生と木下先生が目指したものは、もしかしたら違っていているかもしれません。しかしこの圧倒的で感動的な演奏は間違いなく名演です。木下先生の一つの頂点として今の世代の皆さんにもぜひ聴いてほしいと思いますし、後世にもぜひ伝えていってほしいと思うのです。