一応経済学部を卒業した身として、新年早々モヤモヤを募らせております。新聞や経済誌などを見ると、今年は日銀の「正常化」がありそうだとのことです。「正常化?」私は違和感を覚えます。専門家の友人もいる中ではありますが、片や経団連の会長や大マスコミに、一介の国民が何を言おうが痛くも痒くもないでしょうから、愚論を述べたいと思います。
例えば昨年末に経団連の十倉会長が「早く正常化を」と発言されています。「正常化」ということは、今が「異常」ということですよね?今年の十倉会長の新年メッセージでも「コロナ禍を乗り越えた今、日本経済は、企業の強い設備投資マインド、継続的な賃金引上げのモメンタム、消費の拡大などに支えられ、長きにわたる低迷から脱する明るい上向きの力が生じている」と発言しています。しかし、本当にそうでしょうか?
何をもって日銀が「異常」とするかは人それぞれのようですが、マイナス金利、大規模金融緩和策、YCC(イールド・カーブ・コントロール)のいずれか、とりわけマイナス金利を指しているようです。私は経団連が政策金利を上げろと言っていること自体が異常だと思っているのですが、元旦の日経新聞の言葉を借りれば「緩和策(筆者注:これは『マイナス金利』のほうがふさわしい言葉だと思います)が一因の円安で輸入コストが増し、賃上げの要請との間で板挟みになっている」そうです。
確かにインフレが生じているのは周知のとおりです。日銀は日銀法第二条で定める通り「通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」となっていますので、日銀を悪者にしたい気持ちもわかります。しかし、マイナス金利を解消すれば全てうまくいくのでしょうか?
インフレの中身を見てみましょう。まずは問題となっている円安による輸入コストの増大について。これは典型的なコストプッシュ(費用超過)型のインフレです。例えばアメリカとは政策金利に5%以上の差があります。この差を縮めれば円安は解消するのでしょうか。私は無理だと思います。政策金利が0.5%でもデフレになった1990年代を想起してください。円安を退治する前にまたデフレを繰り返すことになるでしょう。また、企業は資金調達コストの上昇に直面することになります。困るのは銀行以外の経団連さんですよ。また、最も大事なことは、現在の円は1990年代とは比べ物にならないほど、世界では魅力的な通貨ではなくなってきているという現実なのです。
また、インフレのディマンドプル(需要超過)型の面でいえば、ウクライナの小麦に代表されるような供給過少と、コロナの補助金による他国の好況による需要増の影響であって、日本の需要増による要素は見当たりません。このような状況下で金利を上げれば、景気が腰折れし、需給が改善されればやはり日本はデフレに戻って行くことになるでしょう。これでは銀行さんも含め、経団連さん全てが困ります。
つまり現段階では、安定的に物価が2%上昇していく状況とはいえず、少なくとも春闘での賃上げ及び総需要の押上げを見極めるまで、マイナス金利を継続していくことこそが「物価の安定」にふさわしい「正常」な判断だと考えるのです。
おまけ:一部では「デフレの頃が懐かしい」という声も聞かれます。30年ほど物の値段が変わらない時代に慣れてしまったので、仕方がない面もあるでしょうが、デフレは経済そのものが縮小するということをお忘れなく(朝日新聞のように「日銀は無策」とか、毎日新聞のように「デフレのどこが悪いのか」とか、東洋経済新報のように「デフレ解決よりも構造改革・ゾンビ企業の撲滅」と論じた方々もいましたが)。この30年のデフレで日本はGDPがドイツにも抜かれ世界4位になり、一人当たりGDPでも韓国にまで抜かれてしまいました。高度成長の頃は銀行の定期預金が元本保証で5~6%、郵便局の定額貯金で8%だったなど、懐かしく思い出す方もいるでしょう。しかし、当時は物価もそれ以上に上がっていたのですよ。大切なのは物価以上に収入が上がること、すなわち実質賃金の上昇です。インフレが当たり前だった頃を思い出しましょう。