故郷の友人から、アンズの開花の便りが届きました。酷寒の信州にも春がきたのです。長野県千曲市の森地区は「一目10万本」のアンズが、ふもとから山にかけ、見渡す限り一面に咲くのです。ここが地上なのか信じられないほどの壮烈な絶景です。
しかし私には、コロナがなくても、実家は廃墟で帰るところがない。アンズは私の心の中だけで美しく、なお美しく咲いています。
私の妻と娘は「私たちには故郷がないから、故郷を想う気持ちって理解できない」と言います。息子は宇宙語でないと会話できないので通じません。故郷を捨て、異郷に骨を埋めることにした私の気持ちは伝わらないのか、と思ったとき、脳裏に、作詩ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ、作曲ロベルト・シューマンの歌曲”In der Fremde”(異郷にて)が浮かびました。歌曲集リーダークライスop.39の冒頭の曲です。
In der Fremde
Joseph Karl Benedikt Freiherr von Eichendorff
Aus der Heimat hinter den Blitzen rot
Da kommen die Wolken her,
Aber Vater und Mutter sind lange tot,
Es kennt mich dort keiner mehr.
Wie bald, ach wie bald kommt die stille Zeit,
Da ruhe ich auch, und über mir
Rauscht die schöne Waldeinsamkeit,
Und keiner kennt mich mehr hier.
異郷にて
ヨーゼフ・カール・ベネディクト・フォン・アイヒェンドルフ男爵
稲妻が赤く光るむこうの故郷のほうから
雲はここまで来ている
しかし父と母はとうに亡く
もう私を知る者はいない
もうすぐ、もうすぐ、静かな時間がやってくる
私もそこで憩う、そして私の上には
美しい森の孤独がざわめく
そして、ここでももう私を知る者はいない(拙訳)
私にはまだ故郷の友人、元同僚がいます。各地をさまよいながら詩作したロマン派の詩人アイヒェンドルフの境地にたどり着くには、まだ早いかもしれません。でもこの曲は私の救いです。いい曲です。心に沁みます。