難しい曲です。
前年第108回定期演奏会での「『中勘助の詩から』多田武彦先生作曲」が希代の名演奏だったので,少々影が薄くなっているのですが,第109回定演のこの曲も間違いなく名演です。肌触りの良い声と,繊細かつダイナミックな表現では,他の例を見ない演奏だったと思います。しかし,練習には困難さが付きまといました。
まず技術面では,特にベースに難しい箇所が頻繁に出てきます。冒頭のパートソロは,夏合宿中,畑中良輔先生に何度練習させられたことか!畑中先生お得意の「学年別に歌ってみて」というご指導もあったと記憶しています。また,「金魚」の冒頭やパートソロでは,複雑な和音のなかで,正確な音程で安定して歌うことが何度も求められました。しかし,練習の積み重ねによって,技術面では名演と言ってよい水準になったと思います。
一方,表現の面では,終曲の「さくら散る」以外の曲では感情移入がし難くて,達成感が今ひとつ伴わないきらいがありました。畑中先生は「この組曲は『東洋の美』が全曲を貫いている」と仰いましたが,例えば月蛾(遊女)の美しさなど,20歳前後の学生たちが分かるものではありません。未だにどことなくモヤモヤした気持ちになるのは,完全燃焼しきれなかったという証拠なのでしょうか。