合唱がつなぐ縁~ラトビア編~(by いきっつぁん)

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ラトビアは美しい国である。武力によらず旧ソ連からの独立を成し遂げた美しい精神の国でもある。そのラトビアとの出会いは1977年の事だった。

就職して関西に赴任した私は紹介する人があってカトリック芦屋教会の合唱団で歌っていたのだが、別の方から面白い合唱団があると聞いて興味を持った。歌っている曲の中に間宮芳生さんの「合唱のためのコンポジションⅠ」があったのだ。かねて一度歌ってみたいと思っていたので見学してすぐに加入を決心した。それは神戸の「コーロ・ノーボ」という混声合唱団で関西学院グリークラブのOBと周辺女子大合唱団のOGなどによって構成されていた。そこにまったくの異分子である早混(早稲田大学混声合唱団)出身の私が飛び込んだわけだが、全く何のわだかまりもなく受け入れていただけたのはありがたかった。

コーロ・ノーボはその年の夏にソ連演奏旅行を予定していた。神戸市は1974年にソ連を構成するラトビア共和国の首都リガ市と姉妹提携していた。1976年には関西学院交響楽団が演奏旅行で訪れていた。その縁で関学グリーの関係者を通じてコーロ・ノーボに声がかかり、革命60周年を記念するラトビアの歌の祭典に招待されていたのだ。2週間の旅行行程と聞いて入社2年目の私が休暇をもらえるわけがないとほとんどあきらめていたのだが、日ソ友好協会から支店長宛に招請状を出してくれるとのこと。ダメもとで話だけはしてみようと思ったら案外すんなりと休暇取得を認めてもらえた。1年目の休暇をほとんど繰り越していたので年次休暇の範囲内であり、資金的にも独身寮住まいで賄えるだけの貯えがあったことが幸いした。

そして訪問したソ連でのメインミッションが歌の祭典への参加だった。パレードで街中を行進して喝采を浴び、その足で向ったコンセルバトワールの講堂でのコンサートは超満員の盛況、できて間もないAVE SOLという合唱団とも一緒に歌うことができた。翌年AVE SOLを神戸に迎えて交流会が開かれたのも楽しい思い出だ。学生時代には演奏旅行というものを経験することができなかったので、この旅行は私にとって初めての合唱の演奏旅行だった。これは生涯一度だけの特別な思い出だと思っていた。

ところがソ連が崩壊してラトビアが独立し、EUにも加盟して行き来が自由になったころ、日経新聞の文化欄にラトビアの歌の祭典のことを記事にした人がいた。より交流を深めるために日本ラトビア音楽協会を設立したいという夢を語っていた。それが早稲田大学グリークラブのOBでのちに協会の専務理事を長く務めたKさんだった。早速1977年の経験の事を記した手紙を新聞社経由で差上げるとご返事があり、お付き合いが始まった。協会設立にあたっては設立発起人として名前を連ねてほしいというので了解したが、当時まだ現役サラリーマンだった私はほとんど活動に参加できず、そのまま推移していた。協会では2008年の歌の祭典に視察団を派遣し、その後ラトビアの合唱曲を歌う合唱団も設立された。これが現在のガイスマとなる。私はその経緯を指をくわえて見ているしかなかったのだが、2013年にはラトビアから合唱団が招待されて60名ほどでラトビアを訪問して歌の祭典に参加し、20名あまりの方が20数曲全曲を歌ったと聞いて、次の祭典にはぜひ行きたい、という思いが募り、2013年8月に合唱団に参加した。祭典への参加が終わると潮が引くように合唱団の人数は減ってしまっていた。しかしラトビアの合唱曲を歌ことの楽しさは人数にはかかわりがない。そのまま居ついて2018年の歌の祭典を迎えた。ただこの時は招待されるという訳にはいかず、ほかの合唱団と同じようにオーディションを受けて合格する必要があった。幸い2回にわたるオーディションにはAランクで合格することができて歌の祭典に参加することができた。コーロ・ノーボ以来41年ぶりの歌の祭典だった。

ラトビアにとって日本は東の果てのなじみのない遠い遠い存在である。しかし長くラトビアを支配していたロシアを戦争で負かした事のある唯一の国として、尊敬と憧れを持ってくれていたようだ。2013年に続き2度目の参加でガイスマはラトビアで一番有名な日本の合唱団、ということになっていたらしい。現地ではテレビや雑誌の取材も多く戸惑うばかりだったが悪い気はしない。そういえばコーロ・ノーボの時も日本人たちは今どこで何をしている、などと逐一ラジオで放送されていたとあとで聞いたことが思い出された。体制が変わってもラトビアの人達にとっての日本のイメージは好意に満ちたものだった。2019年には日本のコンクールに参加するために来日した合唱団MASKAが、わざわざ合間に会いたいと言って交流を申し込んできて演奏会を開催し、レセプションでも交流した。また同じ年アイルランドのラトビア人合唱団eLVeが来日して交流会を持った。その後コロナの感染拡大でその機会は減ったが、二本にはガイスマという合唱団があると世界中のラトビア人には認識されているようだ。

そして今年はまた歌の祭典の年である。ガイスマとして3度目の歌の祭典に臨むべく大量の楽譜と格闘中だ。4月にはまたオーディション参加の動画を送らなければならない。それらのハードルを乗り越えてまたあの市街パレードでの興奮を味わいたい、一万六千人の大合唱の中に身を置いてみたい、という思いは募るばかり。個人的な思いかもしれないがそんな私たちの活動が、日本とラトビアの友好関係をより強固なものにしているのだとすればこんなにうれしいことはない。

そんなガイスマの演奏をライブで聴く機会があります。5月1日(月)の夜、豊洲シビックホールで「ラトビア音楽の夕べ2023」です。詳細の情報は近々公開予定です。ご期待ください。

いきっつぁんのプロフィール:早稲田大学卒業。在学中混声合唱団に所属。現在はレクイエム・プロジェクト東京いのりのとき合唱団、日本ラトビア音楽協会合唱団ガイスマに所属。