合唱曲『繩文(縄文)』外伝(Echotamaのブログ)

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作詩者の「宗左近」というペンネームは、大戦の空襲時に母親の手を離してしまい母親が焼死してしまったことから、
「母親を死なせたのはお前か」
「そうさ、こん畜生!」
というという痛ましい出来事から採られています。

作詩者の宗左近先生

合唱曲『繩文(縄文)』でも「二人は炎えた。炎え移って一人は消えた」という生々しい歌詞が出てきます。宗左近氏の他の作品では「炎える母」というもっと直接的な詩もあります。

しかしながら、少し前の話。学生時代の憧れの存在であった某嬢と今もSNSでつながっているのですが、こんな言葉がありました。

「私にも、XXになる息子がおります。年子の娘は、同志の様に何も言わなくても分かり合える気楽さが有るのですが、息子は、立派な社会の一員にしなくては、と気負う余り、あれこれ悩んで育てていました。
年月を経て、自分に感謝してくれる事は期待など全くしていなくても、頑張っている息子の姿を楽しみにしているのが母です。
もしかしたら、宗左近さんのお母様は、息子に生き延びてもらう為に、足手まといの自分の手を離したかもしれないと思うのです」

私は感動を抑えることができませんでした。母親というものは何と無私で、偉大なものなのでしょうか。



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