冬の旅(Echotamaのブログ)

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今の時節に何を聴くかと言われれば、シューベルトの連作歌曲『冬の旅』しかないでしょう。恋に破れた若者が、あてどなく永久に冬の世界をさまよっていく。そこで向き合うのは、もとから人間という存在に備わった絶対的な孤独です。

今までバリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、バスバリトンのハンス・ホッターやメゾソプラノの白井光子(女声なのに!しかも日本人なのにドイツ歌曲の第一人者でカールスルーエ音楽大学教授(ドイツリート担当)であるとともに現役の演奏者。ザルツブルクの名門モーツアルテウム大学でマスタークラスまでやっている。でも信州佐久の出身なのに信州人にもあまり知られていない)があまりにも素晴らしいので、ついつい選んで聴いてしまいます。テノールのペーター・シュライヤーは何となく端正過ぎて、バッハの福音史家のイメージが強く、余り手を出さなかったのですが、私は間違っていました。

ペーター・シュライヤー

YouTubeで見つけたペーター・シュライヤーとスヴャトスラフ・リヒテルのモスクワでのライヴ演奏を聴いて腰を抜かしました。リヒテルは20世紀最大のピアニストのアンケート調査をすれば必ず上位に食い込む偉大なソリストです。それがシュライヤーの感情の高ぶりを何十倍にも増幅してくれる。フィッシャー=ディースカウとのヴォルフ歌曲の演奏も凄かったし、さすが若き日にコレペティートル(オペラ歌手の稽古をつけるピアニスト)の経験があっただけのことはある。

スヴャトスラフ・リヒテル

そしてシュライヤーはもう何もかもかなぐり捨てて精神力だけで叫んでいる(ように聴こえる)。

だいたい私はスタジオ録音はあまり好きではありません。私が多田武彦『草野心平の詩から』を録音したときも、四方を吸音材に囲まれたスタジオで他のパートの音は聞こえないし、もちろんお客様の反応も全くない(コロナ下で無観客公演を余儀なくされた音楽団体はさぞかしつらかったでしょう)。しかも「A小節からB小節まで」「X小節からY小節まで」とコマギレに収録していって、歌っている自分たちは何が何だかわからないまま終わってしまう。それを一つにつなぎ合わせたのがレコード(古い)になっているのです。歌いきったという達成感がない。その時のレコードが「名演」としてヤフオクでは高値で取引されていて、NHK-FMでも『はまったらやめられない男声合唱の魅力』とか『畑中良輔先生を悼む』とかで放送されているのですが、なんだかなぁ。それ以来、私は同じ演奏家ならスタジオ版よりライヴ版を買います、やっぱり空気感が違います。例えばニーベルングの指輪も、ハンス・ホッターのヴォータンを聴きたいと思いながらも、ゲオルク・ショルティのスタジオ版ではなく、ついカール・ベーム1967年バイロイトライヴのテオ・アダムを聴いてしまうのです。(1957年のハンス・クナッパーツブッシュ指揮のバイロイトライヴCDも持っていて全盛期のホッターが聴けるのですが、オケがメロメロで聴くに堪えないので封印中)

ペーター・シュライヤーとスヴャトスラフ・リヒテルのライヴは、つんざくばかりの叫びと、胸をえぐられるような悲しみに満ちています。考えてみればこの『冬の旅』の原調はテノールでした。また、作曲したシューベルトは、まだ30歳です。青年の苦しみであり叫びなのです。あらためてそのことをかみしめながら、今宵は『冬の旅』に出かけます。



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