日本維新の会はリバタリアン党?(Echotamaのブログ)

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休日の昼間に眠ってしまわないように……また長文失礼します。しかも政治経済の話題ですみません。

エーリヒ・フロム

少し前の話になってしまいますが、10月31日に行われた衆議院選挙の投票率は55.93%で、戦後3番目に低い投票率だったそうです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211101/k10013330811000.html
しかし注目すべきは、前回に比べて上昇幅が最も大きかった都道府県が大阪府だったことです。その差なんと7.81ポイント。
今回56.2%(全国26位、平均以上)
前回48.39%(全国46位)
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00390/00021/

一般的に、投票に行けるのに行かないケースは以下のように言われることが多いといわれています。
・誰に入れても政治は変わらない
・政治に関心がない
・自分が行かなくても(有力候補がいて)勝負がついている

すなわち、大阪では前回と異なり約60万人の有権者が投票することに意味を見出していることがわかります。この層は無党派層と想定できます。実際に全国レベルでも2割弱の無党派が維新に投票しています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3aabfc272acfd092090168826a41fcd9a510eb41
大阪では小選挙区では19選挙区中立候補した15人全員が当選。無党派から維新に風が送られたといってよいと思います。「維新は政治を変えてくれる」と思っているのです。
https://vdata.nikkei.com/election/2021/shuin/kaihyo/#/

私は日本維新の会は日本で初めて明確に存在したリバタリアン党ではないかと思います。政府の関与を最小限にし、保守でもリベラルでもない「自由至上主義」。実は無党派といわれる有権者の大半はリバタリアンではないのか?政府や議員に対して「ろくな仕事してへんやから税金返せ」「役所は金使わんでもええ」と言いたい。橋下徹氏はそれを代弁しただけではないのか?しかし、そうした勢力が形になってきたことには意味があると考えます。

アイザイア・バーリン

ただ気になっていることがあります。アイザイア・バーリンの唱えた「積極的自由」と「消極的自由」それぞれについて見てみましょう。

「積極的自由」言い換えれば「~への自由」は「自治の自由」と乱暴に言えなくもありません。この理屈に支えられて専制政治が行なわれてきた長い歴史を忘れてはならないのです。積極的自由が逆に自由から離れ専制を正当化する。自由のパラドックスです。実際に皇室を絶対化している勢力が現存しています。

また、「消極的自由」言い換えれば「~からの自由」は、自由と引き換えに共同社会からの別れと不安をもたらす。これは有名なエーリヒ・フロムの「自由からの逃走」です。自由を獲得していったがために、わざわざ自由を放棄して強権にすがろうとする。こちらも自由のパラドックスです。こちらは嫌韓、嫌中、ネオコンの形をとっていることが多いように思います。

維新はまだまだ創設者の橋下徹氏個人に頼るところが大きいように見えます。自由至上主義のリバタリアンがこれからどのように動いていくのか。パラドックスのように自ら自由を放棄していくのか。また橋下徹氏のもとに結集することがないのか。リバタリアンは大阪だけにいるわけではないので、中でも地域社会の紐帯から解き離れた東京がどうなっていくのか。私たちは注視していかなければいけないと思うのです。



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