谷口伸君のコンサート(アンサンブル・マイニンゲン Sin(n)fonie des Lebens ~シンフォニー・デス・レーベンス~)を聴いて(Echotamaのブログ)

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少し時間が経ってしまいましたが、8月11日に行われた谷口伸君のコンサートに関して、駄文を書き残しておきたいと思います。

谷口君は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の4年後輩。大学卒業後NTTデータに奉職しましたが、退職して声楽家の道を歩み、数々のコンクールに入賞してウィーン国立音楽大学に留学しています。つまり日本の音楽大学の教育は受けず、慶應ワグネルから独墺の第一線に飛び立ったのです。

ドイツのゲルリッツ、ツヴィッカウの両歌劇場を経て、現在はマイニンゲン州立劇場の専属バリトンとして第一線で活躍中。『Opernwelt』誌では2011/12年の「年間最優秀歌手」候補にも選ばれ、現在もドン・ジョヴァンニ、ジェルモン、ヤーゴなど数々の主要役を任されています。いやあ、大したものです。

https://www.staatstheater-meiningen.de/personen/shin-taniguchi.html?ID_Taetigkeit=80

冒頭は、詩・三好達治、曲・中田喜直先生の「海四章」。

谷口君のMCでは、晩年の中田喜直先生とオーストリア・ドイツを同道したエピソードが紹介されていましたが、私は選曲のことについても触れて欲しかったと思いました。

この曲は、中田喜直先生と畑中良輔先生の固い友情と音楽的交流の中から、1947年に生まれた作品です。畑中良輔先生の初リサイタル、1947年9月24日の毎日ホールにおいて、中田喜直先生自身のピアノで初演されています。

日本出身の声楽家として、師匠のことも、戦後の日本歌曲の出発点もきちんと押さえているよ――そんな姿勢を感じました。

三好達治の知的かつ色彩感豊かな詩に、中田喜直先生の繊細なメロディ。谷口君のリリックな歌声が、その世界を何倍にも拡げてくれます。名曲・名演だと思いました。

プログラムに歌詞が載っていなかったので、もう一度詩を味わいたいと思った方も多いのではないでしょうか。歌詞を掲載しているサイトを見つけましたので、ぜひお読みください。コンサートの思い出がより深まること請け合いです。

https://www7b.biglobe.ne.jp/lyricssongs/TEXT/SET7312.htm

また、曲をもう一度聴きたい方は、2023年10月29日に開催された演奏会「畑中良輔と中田喜直~東京音楽学校で育んだ友情~」の映像がYouTubeにアップされていますので、ご参考までに。

同じく中田喜直先生作曲で、畑中良輔先生が重要なレパートリーにされた名曲「木兎(みみずく)」も聴けます。こうやって世界が拡がっていくのが楽しいです。

次は奥様の谷口アニさんが歌うクララ・シューマンの歌曲。

クララ・シューマンはロベルト・シューマンの妻で、当時一世を風靡したピアニストでしたが、近年は作曲家としてもあらためて注目されています。谷口伸君がシューマンの生地ツヴィッカウのテアター・プラウエン=ツヴィッカウの専属だったご縁もあっての選曲でしょうか。

アニさんには申し訳ないのですが、ドイツ語を母語とするアニさんがドイツ歌曲をどのように歌うのかに、どうしても耳が向いてしまいました。

私の耳では、ほぼ伝統的な舞台ドイツ語で、語中・語尾の「-er」を母音化して [ɐ̯] にするところだけ、現代口語発音にしているように聞こえました。語頭のRは一ヶ所しか確認できませんでしたが、口語の喉の[R]ではなく、歯茎の後ろで巻き舌にしているのがはっきり聞こえました。

感心したのは子音です。

語尾の k、p、t を明瞭に発音しています。とても心地よい。また、m、nを発音した後には必ず軽く唇や舌を離していて、m、nであることがはっきりわかります。

私が慶應ワグネルの現役時代は、「文中のm、nの後は唇や舌を離すが、文の最後のm、nは離さない」と教えられましたので、この違いは興味深く思いました。

友情出演の村山岳さんの3曲はいずれも耳慣れた曲。

リリックで、優しく柔らかいバスバリトン。かなり訓練されていることは感じ取れましたが、声質としてはなかなか微妙な立ち位置にあるようにも感じました。歌曲を丁寧に聴かせていただきました。

フーゴ・ヴォルフの「イタリア歌曲集」は私も大好きな作品で、エリーザベト・シュヴァルツコップとディートリヒ・フィッシャー=ディースカウによる銘盤を愛聴しております。

不勉強で、どの曲をどちら、つまり女声か男声かが歌うのか指定されているものとばかり思っていました。CDでは冒頭の「ちいさなものでも」はフィッシャー=ディースカウなので、アニさんが歌い出したときに若干違和感を覚えてしまったのはお恥ずかしい限りです。

寸劇形式で演奏されることが多いということも、谷口君のMCで初めて知りました。

考えてみれば、フーゴ・ヴォルフにはゲーテ歌曲集のように襟を正される作品もあれば、メーリケ歌曲集のように諧謔が顔を出す作品もあります。特にスペイン歌曲集の世俗曲や今回のイタリア歌曲集は、実にユーモラスです。

トーマス・マン的に言えば、

「ユーモアは、人間愛と、よき地上の仲間意識の表現である」。

ヴォルフの歌曲の面白さと奥深さを堪能させていただきました。

アニさんは、とても良い声のコロラトゥーラ・ソプラノでした。

私はこれまで外国人ソリストの演奏を生で聴く機会が少なかったのですが、妙な表現を許していただければ、アニさんは「縦の響き」。

私がこれまで日本人の女性声楽家に多く感じてきた、横へ広がるような響きとは明らかに違いました。母音によるのか、発声法によるのか、響かせる場所によるのか、私には理由はわかりません。

しかし、その美しい響きをppからffまで自在に操り、ヴォルフの可笑しさからヴィオレッタの憂愁まで胸に迫る。声というものの面白さを、あらためて思いました。

ピアノのフランク響子さんは、ご両親が早稲田大学グリークラブと日本女子大学合唱団というサラブレッド。ご本人も弦楽器との室内楽では豊富な経験をお持ちのようです。

ただ、歌手とのアンサンブルには、器楽とはまた違った「言葉の時間」があるように思います。

歌には言葉があります。

強勢のある音節には、楽譜上の音価だけでは表せない自然な持続時間の伸縮がある。伴奏者が歌手と一緒に言葉の時間を感じているかどうかで、歌はずいぶん変わります。

響子さんのピアノには、明確な拍節感を感じました。

しかしヴォルフのとき、一瞬アニさんのアインザッツが遅れ、「あっ、事故るか?」と思ったのですが、響子さんは瞬時に若干テンポを緩め、何事もなかったように音楽を前へ運びました。

さすがでした。

後半はオペラ・アリアです。

谷口君がマイニンゲンのステージに立っているところを思い浮かべながら聴かせていただきました。

谷口君が専属契約を結んでいるマイニンゲン州立劇場は、公的資金によって支えられている劇場です。

「ドイツ人は芸術に理解がある」という声を聞くことがありますが、そんな単純な話ではありません。公費を使う以上、劇場は常に市民からその存在意義を問われます。

その中で、地元出身でもドイツ人でもない日本出身の谷口君が長年専属契約を続け、主要な役を任されている。その重みを感じることしきりです。

今まで谷口君の歌は、「さすらう若人」「タンホイザー」「第九」などで聴かせてもらってきましたが、その柔らかな声質から、私は歌曲向きの歌手だと思っていました。

今回、認識を改めました。

間違いなく、高音域に美しい輝きがあり、抒情性とドラマ性を併せ持ったカヴァリエ・バリトンです。

圧倒的な声と存在感で、伯爵になり、ロドリーゴになり、ジェルモンになっていました。

舞台装置がなくても、ドラマが眼前に拡がっている思いがしました。

私はマイニンゲンにいたのです。

休日のマチネーに、とても良い時間を過ごさせていただきました。

行きは都営地下鉄戸越駅から戸越銀座商店街を巡り、帰りは武蔵小山商店街PALMを抜けて東急目黒線へ。

日本人の生活感あふれる街並みを歩きながら、ドイツの余韻を噛みしめて帰途につきました。

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