アルフォンス・ミュシャ(ムハ)展を観て(Echotamaのブログ)

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八王子市夢美術館(市立美術館)でアルフォンス・ミュシャ展を観ています。

アール・ヌーヴォーの中心人物なのでフランス語読みでミュシャと呼ばれますが、出身はモラヴィア(当時はオーストリア=ハンガリー帝国、現在のチェコ東部)で、チェコ語読みではムハ。中学校ではヤナーチェクと同年で一緒に合唱団に参加していました。

ムハはスラヴ叙事詩の大作を構想し、スポンサー探しにフランスからアメリカに渡ります。そこでボストン交響楽団のスメタナ「我が祖国」を聴いて感動し、スポンサーが見つかったこともあって、1910年に故郷に帰ります。

写真は1912年、すなわち第一次大戦前でまだオーストリア=ハンガリー帝国があって、チェコが独立していなかったときのもの。チェコ語でモラヴィアのブルノの男声合唱団のポスターであることはわかります。アール・ヌーヴォーの装飾性は抑えられ、女性は民族衣装を着ています。このようなポスターが残っている(つまり禁止されなかった)のは幸運ではありますが、オーストリア=ハンガリー帝国崩壊後にムハはチェコ独立後の紙幣や切手のデザインを手掛け、今度はチェコ民族の象徴となっていきます。

最期は78歳という高齢にもかかわらず、チェコの愛国者としてナチスドイツのゲシュタポの厳しい尋問を受け、健康を害し、その4ヶ月後に79歳で亡くなっています。

ムハと音楽とのつながり、民族と人生について、深く考えさせられた展覧会でした。