「善い日本」から始めない――高市首相の「繰り返させない」から考える戦後日本の平和(Echotamaのブログ)

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若干時間が経ちましたが、8月15日の全国戦没者追悼式で高市早苗首相が述べた式辞について、考えていました。昨年の石破茂首相の式辞にあった「反省」「教訓」がなくなったことが話題になりました。

私は高市首相の式辞だけではなく、それを批判する側を含めて、戦後日本人の「平和」の捉え方そのものに、少し違和感を持っています。

31年前の高市氏の国会答弁も、今回あらためて引き合いに出されています。1995年3月16日の衆議院外務委員会で、高市氏は、駐米大使が「日本国民全体の反省」を語ったことに反発し、自分は「当事者とは言えない世代」なので、反省していないし、反省を求められる理由もない、という趣旨を述べています。河野洋平外相(当時)は、直後に「全く見解を異にする」と答えています。

まず断っておきます。

私は、1961年生まれの高市氏に、1930~40年代の日本が行ったことについて個人的な加害責任を負わせるべきだとは思いません。

戦後生まれの人間に、「あなたがやったのだから謝れ」とただ言うのであれば、筋が違う。罪は相続されません。

しかし、戦争では人が死んでいます。人の生死は、倫理のグラウンドゼロだと私は思います。自分が直接の当事者であるかどうかとは別の問題です。

私は、高市氏の「反省なんかしておりません」という言葉に、命の匂いがしない、と感じました。自分が加害者でなければ、個人的な「罪」はない。しかし「私はやっていない」と、「だから、私はそこから何も考える必要がない」の間には、巨大な距離があります。

私たちは歴史を知り、考え、学ぶことができます。しかも、戦後に生まれた人間だからこそ、すでに知ってしまったことがあります。

人間は、条件によっては、想像を絶するほど非倫理的なことができる。しかも、それをするのは、ごく一部の「異常な人間」だけではありません。

命令を作る人。
命令を伝える人。
与えられた役割をこなす人。
周囲に合わせる人。
見て見ぬふりをする人。
「そういう時代だから」と受け入れる人。

大量の普通の人間が、それぞれの役割を果たすことで、巨大な加害は成立します。「普通の人間には良心があるから、最後のところでは止まる」。そんな保証はありません。

人が死んでも悲しまないことがある。
後悔しないこともある。
自分の行為を、後から正しいものとして説明することすらできます。
つまり、私もあなたも、その可能性の外にはいない。

20世紀の歴史は、人間について知りたくなかった事実を、すでに証明してしまいました。戦後に生まれた私たちは、その事実を知った後の世界に生きています。

そこで、「当事者ではないから反省しない」ということは、具体的に何を意味するのでしょうか。

そして今年の式辞には、もう一つ、非常に気になる違いがあります。

たった一文字です。

昨年の石破首相は、「戦争の惨禍を決して繰り返さない」と述べました。
今年の高市首相は、「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない」と述べています。
「せ」が入りました。
使役です。

もちろん、日本語として「再発させない」という一般的な意味に読むこともできます。

しかし、式辞全体を比較すると、私はこの一文字を軽く見ることができません。

石破式辞では、

惨禍を繰り返さない
→進む道を二度と間違えない
→あの戦争を反省する
→教訓を胸に刻む
と、徹底して自分たちを振り返る方向に文章が進みます。

行為主体と、それを戒める主体が同じです。
「私たちも間違える。だから、私たちが繰り返さない」。

一方、高市式辞では、

戦後、日本は平和を重んじてきた
→世界の平和と繁栄に貢献してきた
→惨禍を繰り返させない
→インド太平洋の「輝く灯台」として頼られる国になる
と進みます。

「繰り返させない」は、「何者かが惨禍を繰り返すことを、私たちが阻止する」というようにも読める構文です。

それが高市首相自身の意図だと断定するつもりはありません。しかし、文章の中で主体の位置が変化していることは気になります。

「私たちが繰り返すかもしれない」側から、「私たちが繰り返させない」側へ。

そして高市式辞では、日本を能動的な主体として語る自己叙述が、ほぼ「戦後」から始まります。

戦争は「惨禍」として存在する。

日本人の死と苦難は語られる。

しかし、日本をその惨禍を生み出した加害主体として語る文章はありません。

戦後の叙述に入ると、「我が国は一貫して、平和を重んじる国家として歩みを進め」というように、「我が国」が能動的な行為主体として語られ始めます。

そこで私は、一つの前提を感じます。

「日本は善い国である」。

あるいは、もっと正確には、

「日本は善い国でなければならない」。

もしこれが動かしてはいけない前提になっているなら、日本が加害主体であったという歴史は、単なる過去の事実ではなく、自己像への攻撃になります。

すると、歴史の継承に奇妙な非対称が生まれます。

過去の日本の被害 → 私たちの記憶
過去の日本の功績 → 私たちの誇り
戦後日本の平和 → 私たちの伝統
過去の日本の加害 → 私たちは当事者ではない

罪を相続しないことと、歴史を自分たちの歴史として引き受けないことは、同じではありません。

では、なぜ私たちは、それほど「善い日本」を必要とするのでしょうか。

ここで、エーリヒ・フロムの『自由からの逃走』を思い出します。
フロムは、人間が古い権威や共同体から解放されれば、自動的に自由で幸福になるとは考えませんでした。
自由になるということは、自分で考え、自分で選び、自分で責任を引き受けることでもあります。
それは同時に、不安や孤独や、自分が何者なのか分からなくなる危険も生みます。
人はその不安から逃れるため、再び何か大きなものに自分を預けたり、周囲と同じ人間になろうとしたりする。

これを戦後日本に当てはめて考えることはできないでしょうか。

敗戦によって、
「天皇の臣民である」
「皇国の一員である」
「国家のために生きる」
という、それまで巨大だった帰属の体系は崩れました。

戦後、日本人は、少なくとも理念の上では、自由な個人として生きることを求められました。
しかし同時に、「では、自分は何者なのか」という問いを、個人として引き受けなければならなくなりました。

私はここで、一つの仮説を考えます。

戦後日本人は、その自由の中で失った拠り所を、「私は善い日本人である」という新しい集合的アイデンティティによって補おうとしたのではないか。

戦前の、「日本は神国である」は、少なくとも国民全体を統合する公的な物語としては、そのまま使えなくなった。

しかし、「日本は善い国である」なら使える。

右側の一部では、それが、

「伝統ある日本」
「誇るべき日本」
「礼儀正しく勤勉な日本人」
「これは日本人だけ!」

という形になる。

「日本は素晴らしい」
→日本人には特別な美徳がある
→日本の歴史を悪く語ることは許せない
→「自虐史観」
と進み得ます。

もちろん、保守的な考えを持つ人が皆そうだと言っているのではありません。

問題にしているのは、その一部に見られる思考の構造です。

ここからが大事です。

護憲・平和主義側の一部にも、全く同じ構造が存在するのではないでしょうか。

こちらでは、

「日本は平和国家である」
→憲法9条を持つ日本は世界でも特別である
→戦後日本は戦争をしなかった
→この「平和な日本」を守らなければならない
となる。

「誇るべき日本」の代わりに、「平和な日本」が置かれます。

もちろん、護憲そのものを批判しているわけではありません。

国家は暴走する。普通の人間も戦争に加担する。だから憲法によって国家を拘束し、自分たち自身をも拘束する。

そう考えて9条を守ろうとするなら、私は理解できます。しかし「戦争を起こしたのは軍部であり、普通の国民は戦争に走らされた被害者だった」という物語だけになれば、話は違います。

「護憲・平和運動には日本人自身の加害責任を問う思想がなかった」とまでは言いません。むしろベ平連や戦責告白のような、非常に厳しい自己批判の系譜が確実にありました。しかし、その自己批判が戦後平和主義全体の常識になったとは言い難く、いつしか「戦争をさせない私たち」という自己像に再び収斂していく傾向もあったのではないでしょうか。

「繰り返させない」と「戦争をさせない」。政治的な立場は正反対でも、自分たちを「惨禍を起こし得る側」ではなく「惨禍を阻止する側」に置くという点では、どこか似た主体の移動が起きてはいないでしょうか。

一般国民もまた、戦争を支えました。隣の兄ちゃんが出征する。つまり、これから人を殺すかもしれない。それを武運長久と祈り、千人針を縫い、万歳三唱で送り出す。その普通の兄ちゃんが、現地で加害の当事者になったかもしれない。

もちろん、当時の人々が全員、熱狂的に戦争を信じていたわけではありません。

本気で信じた人もいた。
半信半疑だった人もいた。
疑いながら従った人もいた。
空気に合わせただけの人もいた。
逆らうことを恐れた人もいた。

しかし、それこそ重要なのだと思います。狂信者でない普通の人でも加害に参加できる。

右側の一部にある、「善い日本人は、そんなことをしない」という安全地帯。

左側の一部にある、「普通の国民は、軍部に戦争をさせられた被害者だった」という安全地帯。

政治的な立場は正反対です。

しかし、思考の構造は完全に対称です。

どちらも最後には、「普通の私たちは、悪を行う主体ではない」という場所に自分たちを置いている。

そして、どちらも、「善い日本に属する、善い私」というアイデンティティを守ることができます。「善い私」なのだから、当然、反省する理由はありません。

右では「誇るべき日本」。

左では「平和な日本」。

中身が違うだけです。

フロム的に考えれば、戦後日本人は、敗戦によって失った拠り所に代わるものを、自由な個人として生きることを求められる中で、「私は善い日本に属する、善い私である」という新たな集合的アイデンティティに求めてきたのではないでしょうか。

これはもちろん、私の仮説です。しかし、この仮説に立つと、「日本スゴイ」と「平和国家日本」が、政治的には激しく対立しながら、なぜ心理的にはよく似て見えるのかが説明できます。

どちらも、「善い日本」を必要としている。

そして、ここでハンナ・アーレントが、この左右双方の安全地帯を壊します。

アーレントはナチについて、「彼らは私たちとは違う、異常な怪物だった」という逃げ道を許しませんでした。

恐ろしいのはそこです。悪をなす者を、私たちとは別種の「怪物」として切り離すことはできない。普通の人間も、巨大な加害の担い手となった。

ならば、

「善い民族だから大丈夫」
「私は護憲派だから大丈夫」
「平和国家だから大丈夫」
「普通の国民は被害者だから大丈夫」

という保証はありません。彼らも人間だった。私たちも人間です。だから、

「自分たちだけは違う」

という場所に立ってはいけない。

私は、これこそが戦後の「反省」の一番深いところではないかと思います。

誰かの罪を相続することではない。戦後生まれの自分を、昔の加害者と同じ罪人だと思うことでもない。

そうではなく、「自分もまた、条件によっては加害する側になり得る」という可能性を、自分から切り離さないこと。

だから、

「私たちも間違える」

「私たちも人を殺す側になり得る」

というところから考える。そうでなければ、歴史から何を学ぶのでしょうか。

そして私は、高市首相だけを特殊な政治家として批判して、この文章を終えたくありません。

「あの人たちは、自分たちとは違う」と考えた瞬間、私自身が、ここまで批判してきた安全地帯に逃げ込むことになるからです。

高市首相も人間です。高市首相を支持する人も人間です。批判する人も人間です。私も人間です。人間は、条件によっては、どこまででも行くことができる。

だから私は、

「日本は善い国だから大丈夫」

からも、

「日本は平和国家だから大丈夫」

からも始めたくありません。

「私たちも間違える」。

そこから始めたい。

私にとって「反省」とは、たぶん、自分を最初から善の側に置かないことだと思っています。

違うでしょうか。

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