ショスタコーヴィチの「戦争四部作」(Echotamaのブログ)

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戦後70年の歳が暮れていきます。大好きなショスタコーヴィチの交響曲について書いておかなければ。(長文失礼)

ドミートリイ・ショスタコーヴィチ

第7番「レニングラード」はショスタコーヴィチの故郷レニングラード(現:サンクト・ペテルブルク)に対する深い愛情を感じる壮大な応援歌です。しかしながらこの交響曲を書いてもなおレニングラード包囲戦は集結せず、最終的には300万人の人口が餓死と病死で100万人も失われることになるとはショスタコーヴィチ自身も予想していなかったのではないでしょうか。恐ろしいことです。悲劇です。

第8番「スターリングラード」は史上最大・最悪(120万人が死傷したと言われる)の地上戦となった独ソ戦のスターリングラード(現:ヴォルゴグラード)の勝利を記念しようと思いながらも、あまりの地獄のような悲惨さに勝利の凱歌など作曲できるわけもなく、厭戦とレクイエムを感じさせる曲となったのは致し方ないことだと思います。この交響曲は体制側(ジダーノフ批判)により1960年までの演奏禁止が決定されましたが、演奏禁止を命令する側とショスタコーヴィチのどちらが正常だったのかは火を見るより明らかです。

第9番は戦争から開放された市民に寄り添い、地獄の中から当たり前の日常がようやく見えてきた希望と、市井のささやかな喜びを表現するものとして真っ当なものでした。しかし勝利を記念する壮大な交響曲を期待した体制側(ジダーノフ)の思惑とは異なっており、批判の矢面に立たされたのは大変な不幸でした。この曲においても、誰が正常で誰が狂っているのか、誰が誰を狂わせているのか、心ある人は分かるはずです。しかしそれを分からない人のほうがいつも権力の側にいるのです。戦いはまだ終わっていないのです。

第10番。普通ショスタコーヴィチの戦争交響曲というと第7番から第9番を指し「戦争三部作」と言いますが、私は第10番を含めて「戦争四部作」ということに賛成します。権力同士のぶつかり合いである戦争は正常な人間の営みではないが、人間の根源的な営みでもあることをこの交響曲は示しています。権力と支配、欲望と打算、支配する体制側とされる側をこの交響曲は的確に表しています。あえて標題をつけるとすれば「スターリン」。ショスタコーヴィチの戦いは、スターリンの死後もなお続くのです。

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これらの素晴らしい交響曲たちを、ショスタコーヴィチは自分の命が危機にさらされる危険を冒してまでこの世に問うたのです。戦後70年が終わってもなお、これらの交響曲が持っている意味を反芻しなければならないと私は思うのです。ショスタコーヴィチは決して自由な作曲家ではありませんでしたが、天才の知恵と危険予知により、命の危機をかいくぐって偉大な作品を残してくれました。私たちはショスタコーヴィチを讃えるとともに、二人目のショスタコーヴィチを出してはならないと切に思うのです。



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